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自分の今まで生きてきたことの整理やらを兼ねて、あんなことやこんなことをボヤいてみました。ホントに愚痴を吐き出してます。毒もあります。読まれる方は読み流して下さい。
by firebird-steer
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こころ
昨日から落ちている。
ガンガンに凹んでいます。

誰のせいでもない、自分のせいです。
わかっているけど、どうしようもない。
どうすればいい?

もっと自分がしっかりしていれば、親だって助けてあげられるのに。
力のない自分がとても悔しい。

旦那も私以上に仕事先で多大なストレス受けて仕事しているのに、頑張っている。
自分も頑張らなくちゃって思うのに、頑張れない。
情けない。

酒をいくら飲んでも酔えないし。

もう、ダメダメです。ダメにんげんです。
# by firebird-steer | 2005-06-21 17:51 | 人生ふりかえり
35歳までに必ずやるべきこと
『33歳からのハローワーク』って本があることを知った。
買ってみようと本屋にいったら、なくて同じコーナーに
『35歳までに必ずやるべきこと―運をつかむ人になれ』
があったので立ち読みした。

人間35歳までに生きてきてやってきたことが基本になり、人格形成もされてしまい、その後の運命も決まっちゃうのだとか。
なぁ~んだ、私過ぎてるじゃん。

書かれていることがものすごい当てはまる。
仕事の仕方も30歳までにやってきた仕事がベースになってるんだとか。
確かにね、それまでに仕事のやりかたって決まっちゃってて、女性は特にこれからどーするのか、どーなっていくのか不安になってく年齢でもあるよね。
『女』としてより『一人の企業戦士』として働くべきなのか。。。って。

帰ってきてものすごい凹んだ。

思い返してみれば、長年派遣で仕事していて色んな企業に行き仕事をしてきた。
社員の話もあったが、学歴やらなんやらが引っかかって結局オシャカになること多数。期待もしていなかったがほとんどの会社は『本社に来ればなんとかする』ってなもんだった。本社って東京とか大阪とか。。。
両親のこともあるので、福岡を離れるワケにいかず泣く泣くお断りすることもあった。

33歳の時に大阪本社に誘われたときがそーいえば、最後のお誘いだった。
あのとき行っておけばよかったんだろうかとかものすごく後悔してみたり。

今の時代ネットワークをうまく利用すれば福岡に事務所置かなくてもオフィスは成立するわけで。。。。当初、福岡に事務所を起業するから手伝ってくれという内容で某I○M系の派遣会社からオファーがきた。
行ってみると某I産業が親会社の監視下の元その中に机2つ申し訳なさそうに置かせてもらってる状況だった。担当になるボスはとてもキレるがカンジのいいナイスなおっさんだった。親会社のK部長はものすごく横柄な人でボスのことをものすごく毛嫌いしていた。もちろん派遣の私にも風当たりは強かった。
親会社の女子社員は取引先のお嬢さん達で(つまり人質?)上司達は彼女達のご機嫌取りだったわけで、毎日色んな上司からお菓子が飛び交っていた。
(もちろん派遣の私には回ってこないし、目の前で喰ってるデリカシーのなさ)

私が登録していた派遣会社の選定も『親会社に取引があるから』という理由だったわけで。その後、派遣会社が某○ンパワーに合併吸収されたら半年後に契約終了になってしまった。理由は『○ンパワーは取引会社ではないから』だった。
直接社長からメールきたときはビビった。私もコマの一つだったことを痛感した。

結局ボスとK部長との折り合いも悪かったこともあり、I-OFFICEにすることになった。机を一つに減らして電話を置き福岡の電話番号はすべて大阪本社へ転送して常にメール等でやりとりする。ネットのフル活用である。
まあ、ボスが月2回くらいしか事務所戻れない程の出張漬けだからできることである。

その時にまぁ、大阪へ誘われたワケだけど。
東京は昔住んでたからよく知っていたけど大阪は新大阪駅周辺と京都行く時に通ったくらいで未知の場所だった。友達もいないし、親の反対もあり、結局断ってしまった。このとき東京だったら2つ返事で行ってたかもしれない。

後悔してももう、仕方ないんだけどね。

旦那の会社じゃ絶対ありえない!会社に1台しかパソコン置いてない今だ珍しい会社。業界がそういうところだから、今ネットで起業しやすいのになぁ~とつくづく思うのである。
なんたって社長がワンマンなので、今だ伝票は手書きという恐ろしいくらい効率の悪い会社なのである。そんな会社に鍛えられた旦那はもちろんパソコンなんて使えない(笑)
ここに日本の団塊世代の縮図の見ているようである。

『35歳までに必ずやるべきこと―運をつかむ人になれ』の方法に従っていくと旦那はずっとパソコン使えない会社ででっかいカタログ持ってお客さんに説明しに行ったりしてるんだろうなぁって思う。

私は私で、年齢制限や学歴がどこもかしこも引っかかって自分のプライドを打ち砕いてる毎日である。


世の中、悪どいヤツが金をいっぱい稼いでて、真面目に生きてるヤツが損をする仕組みになっている気がしてしかたがない。
# by firebird-steer | 2005-06-18 16:47 | 人生ふりかえり
両親の健康食品教室通い
先週、久々に実家へ帰ると大量の食料品が狭い部屋においてあった。
私に持って帰れという。近所の健康教室みたいなところで講習聞いて1つ100円で売っているのだとか。1人1つまでらしいので父と母とで2個。
すべて2個づつ買ってある。
毎日通ってものすごい量になっているのだが、本人達は楽しいらしくて毎日通って買っている。そして、忘れた頃にビックリするような金額の健康食品を買わされている。まさに年寄りのハートをつかんだうまい商売なのである。
役所とか自治体はこういうの何か取り締まってくれないのかしら。

今必要ではないのだから、買わなくていいのでは?
と思うのだが、外面のいい母のプライドはそれを許さないらしい。
彼女は『料理を作る妻、お金持ちの振る舞いができる妻、体の弱い妻』
を演じているのだ。すぐタクシーを使い、人に何かしてもらったらすぐ5千円札を配る。近所や周りの人は母が自己破産した人で実は今も借金して暮らしているなんて思ってないだろう。
何度この性格のおかげで私と父は振り回されたことか。
父は一人でじっと耐えているカンジだった。

確かに元をたどればすべての原因は父にあるのだが、それを増幅したのは母である。
最近母の物忘れがひどくなったと父が言ってきた。母が絶大の信頼をしているO整形外科の院長は整形外科のくせに大量の睡眠薬を母に飲ませている。
老年性うつ症があるから一度精神科に薦めるように講義しに行ったが話しにならなかった。強欲医者なのである。血圧のクスリも合っていないのを出されていて、F大付属病院に受診しなおしている。
今の医療は本人が『受診したい』という意思がないと病院には連れて行けない法律があるらしい。ボケていたら意味無いのに。死ぬまで、殺人が起こるまで待てということか。

彼女の逆鱗にふれてしまったり、彼女のご機嫌が悪かったら父が一方的に責められてしまい、父が憔悴しきっている。なんとかしたいのだが、方法が見つからない。
とりあえず、明日市の精神福祉センターに相談に行ってみる。
認知症になっているのではないか・・・という不安がある。
まず老年性うつ症はあると思う。それは数年前からあるのだ。私だってウツ病になってしまったのだから。

以前F大付属病院に父が搬送された時、病状説明を受けに精神科の坊ちゃん医者と話をした。母のショックがひどいという話をしたのだが、
「まぁ、ひどければ街の病院で受診してここを紹介してもらって下さい」といわれた。また1から医者に説明しなくてはいけないじゃないか!この世間知らずのボンボンめ!と思った。F大は私立なので金持ちボンボンしか医学部は入れない→つまり世の中知らないヤツが医者になっている。
以前私が通っていた心療内科の先生は元F大付属病院精神科だったらしいがその話を聞いてびっくりしていた。「私がいたころはちゃんと家族のフォローもしないといけないんでそのまま外来連れてって一緒に診察してましたが…変わってしまったんでしょうか…」と言っていた。

でも年寄りに「精神科に行こう」なんてプライドの高い人ほど行かないよね。
やっぱ、死人が出るまでガマンするしかないのかなぁ。
# by firebird-steer | 2005-06-09 15:29 | 結婚と親のこと
キャリアを捨てて仕事を探さなくては~
ウツでエネルギー持続できないんですが、短期でもいいから仕事探さないと~。

主婦って何かと面倒ですな。上限108万とか135万とかあって。
税金の関係上どっちがいいんでしょうね。
先月やっと1年がかりで扶養の手続きをしてもらいました。
やっと扶養家族になったワケですが、やはりお金は必要なんですよね。
今は貯金を食いつぶしてつないでいたんですが、先日久しぶりに両親の所へ行ったら借金してました、またです。

仕事探したくても家のこともやらなくてはいけないし、旦那より早く家を出るわけにはいかないので10時出勤の会社がベストなんですが、ないですねー。
あと、どーーーーしてもひっかかるのは年齢です。

35歳越えちゃうと、実に仕事したくてもないです。
なんで35歳なんでしょうか、とても不思議です。
派遣で働いてるときに派遣先企業でもよく言われてました。
「仕事できなくてもやっぱ若い子の方がいいよね~」
こんなことを言う上司を持つ企業がほとんどでした。
女子社員は働かないから(カワイイだけ)仕事する派遣を入れる。
私の行った企業のほとんどがこんなところばっかりでした。
ワーストは○anonとか○谷産業とかN○C三栄とかK○RINとか。

派遣会社は『どんなに能力あっても上限33歳まで』って言われました。
企業が求めないのだそうです。要は需要がないんですね。
だから派遣はあきらめました。

少子高齢化とか言って政府は対策してるって言ってるけど、全然何やってるのかわかりませんね。なぜ少子化になっているか、それは
『働く場所がなくなるから』
なんでこのからくりがわからないんでしょうね、政府の妖怪どもは。
私のように35歳越えて結婚しちゃったので、もし子供産んで働くって言ったってどこが雇ってくれますか?バイトでも35歳超えたら仕事ないのに。
とくに地方だからなおさらないです。

あと、主婦の働く上限を108万とかにするから、よけいに働く場所がなくなっちゃう。年間108万なんて月8万ももらうことできないんですよ。
物価はどんどん上がっているのにこういうところは10年前と変わらないなんてナンセンス!でもガマンするしかないんでしょうね、力の無い庶民ですから。

時給650円や700円で泣きながらCAD図面書いてる人沢山います。
やはり能力にあった報酬は欲しいけど上限があるから、働きたくても働けない。
前居た会社でもそういうのありました。
「いいわね、あなたは働けて」
そんなイヤミを結婚するまでよく言われてました。結婚したら時給が下がりました。だから辞めました。社員並みに仕事してるのに結婚したからって理由でさげられちゃーやってられなくなりました。なんて世の中なんでしょうね。

今まで事務系OA系CAD系でバリバリやってきましたが、これらのキャリアを全部捨てなくてはいけないようです。自分のマインドコントロール次第なんでしょうけど今まで自分が積み上げてきたキャリアを捨てるって勇気いりますねー。
プライドとの戦いですね、実に。

マジでバイト探さないと~。
# by firebird-steer | 2005-06-07 19:32 | 仕事のこと
救急病院
おととしの12月F大学付属病院救急センターに行ったことがある。
11月半ばからずーっと顔が痛いのがまんしてて仕事が詰まってたもんだから痛み止め飲んで騙し騙し土曜日までガマンしてて、ようやっとA耳鼻科へ行った。
それがA耳鼻科の初診察。痛くて痛くて近くの耳鼻科がそこだったから。
そのときには鼻が外人のつけ鼻みたいに腫れてたなぁー。
急性副鼻腔炎だとかで右の頬が真っ白だった。
掃除して点滴してたら、先生が
「この点滴が効かなかったら今夜から明日あたりもっと腫れるからそのときは救急病院に点滴してもらいに行ってね」
って言われた。
家に帰って冷やして寝てたら一旦痛みは治まったけど、夜になったら先生が言ってたみたいに腫れあがりだした。モコモコっと。
耳鼻科の救急を探すのにF市救急管理センターに電話したら国立病院の近くの急患センターかF大学付属病院救急センターしかないという。
どっちも遠いが都市高速乗らない分F大学付属病院救急センターが近いと思いタクシーで向かった。
ついた頃には鼻と頬と高さが同じになってて目の周りもおでこも腫れてツルツルになってた。自分でもびっくりするくらいあきらかに人相変わっていた(苦笑)
フランケンシュタインみたいになっていた。
A耳鼻科の先生に説明受けた通り受付に伝え、待合室で待っていると救急車で運ばれてくる人がいて看護師さん達がバタバタ走り回っている。
私は点滴の順番を待っているだけだったが、あきらかに自分は重篤ではないんだなーとここで実感させられる。
「あぁ、命のキケンはまだないんだー」って。
私の隣の女の人は青ざめた顔で体をこわばらせて微動だにせず座っていた。
順番が来て点滴をしに診察室に入る。ベッドは満床のようだった。
医師に簡単に説明をし鼻の中を見られ、点滴の指示を看護師にし、ポラロイドの写真を撮り(顔面腫れてるから)、明日もう一回ここに点滴しに来るようにと月曜の診察の予約を入れられた。
結局ベッドは空いてないので点滴付けて待合室で待つことになった。
さっきの女性はまだ同じ姿勢で待っていた。
しばらくするとさっきの女性の下に医師らしい人が説明にきた。
「旦那さんは脳梗塞起こしているようです、これからすぐ精密検査をします。あちらで入院手続きをして下さい」
その後ろを旦那さんらしき人がストレッチャーに乗せられて通りすぎていった。
女性の顔を見ながら何か言いたげそうに口を動かしていたが言葉は出てこなかった。
その女性は青ざめた表情のまま、案内されて別室に入っていった。

別の入り口から車椅子に乗って看護師さんに押してもらいながらの青年がやってきた。
首に固定具してギブスだらけで管がいっぱい通っていた。
首から下が動かないようだった。

あぁ、顔は腫れあがっているけど、おばちゃんとかに顔は覗きこまれたりしてるけど、動けるだけ
私はまだ、全然ましなんだなぁー

つくづく思った。

翌日またその救急センターに行くと当直の耳鼻科の先生が
「いやぁ、早く来てよかったね。ほっとくと脳が近いから髄膜炎起こすんだよね、ここまで腫れてると」
と言いながらフランケンシュタインみたいに腫れてる部分を押される。
痛いっちゅーねん!
「明日CT撮るので朝一で来て下さいね」そう言って診察終了。点滴してもらう。

翌日CTの結果を見せてもらう。
あきらかーーーに右側の上顎洞と目の周りが真っ白に埋まってる。
診察室に研修生らしい人がぞろぞろやってくる。
ひとりづつカルテを回し見している。ポラロイド写真と私の今の顔を見比べてては隣の人と話している。
鼻の中にカメラを通すとかで麻酔をつけた綿棒を両鼻に突っ込まれてしばらく放置。
向かいにはその研修生達が立っている。まるで放置プレイ。かなり恥ずかしい。

カメラの画像を見たが鼻の中はまぁ膿だらけ。掃除してもらってどんどん出てる。
1ヶ月程通院することに決定。
その後1日4回の抗生物質の投与と1週間点滴しに通ったおかげか、フランケンシュタインから外人の付け鼻くらいまで腫れは引いた。

このとき保険に入ってなくてすべて実費だった。高かったぁー。
かるーく10万超えてしまってた。

顔面腫れても高熱出てても意識がまともなら、まだ大丈夫なんだぁーと大きい病院に行けば痛感してしまうことである。

結局腫れも引いたので医院でも治療できる範囲になったとかでA耳鼻科に戻される。
CTとX線写真のコピー欲しかったんだけど、『院外に出せない』という理由で断られた。
なんか矛盾してるような気がするー。
後に、友人とCTやらのコピーをもらえる病院の話をしていたら国立系は有料だけどもらえるのだとか。今度またヤバイときはそこに行こうっと。

中には副鼻腔炎がひどくなって失明したり全身に炎症がまわり亡くなってしまう方もいらっしゃるとか。「ここまで腫れるのは珍しいケースだけど体力ある方だから早めに来ればまだ大丈夫よ」と担当の気さくな女医さんは言ってくれた。つまり体力あるから抗生物質漬けにできるんだとか。お年寄りや子供には使えない手段らしい(^^;
体力あることに感謝せねばなぁー。五体満足で生活できることに感謝せねばなー。
死にたいなんて思っちゃいけないなぁーと反省してしまう今日この頃である。
# by firebird-steer | 2005-05-26 00:24 | 体調のこと
微熱です。
微熱がここ1ヶ月くらい続いてます。

微熱の定義を調べてみましたが人まちまちなのでなんとも。。。。
私の平熱は35.5度くらいなので、36.5度くらいからクラクラしてます。
37.5度くらいから悪寒してくるんですけどね。
ココ2週間ほど朝・昼・晩と体温測ってみてます。
36.7度~37.2度を行ったり来たりしてるようです。

咳は先週より出なくなったけどなぁ~。う~~~~ん。
なんだろうなぁ。


# by firebird-steer | 2005-05-23 19:19 | 体調のこと
死にたいと思った日々
去年は毎日死にたいと思っていた。
今年に入って週に3日くらいに減った。

夜寝る前に「明日目が覚めるかな~」と思いながら、横で大イビキをかいて寝てる旦那に
毎晩謝りながらベッドに入っていた。
翌朝、旦那より早く目が覚め「あ~今日も生きていた~」って悲しくなりながら起きていた。
友達とも会いたくなく、あれだけ楽しかったライブも行かなくなり、仕事でもミスが目立ち毎日眠れない日々が続いた。
睡眠薬欲しさに病院に行ったらウツ病と診断された。
薬飲んでも全然眠れない。
あんまり眠れないから、指示された量よりも多く飲んでいた。
酒も飲んだ。旦那を送り出してから朝から晩まで飲んでた。
でも眠れない。少し眠ってもすぐ起きちゃう。
日中はダルくて動けない。病院に行くのもおっくうだった。
そして仕事に行けなくなって周りに迷惑かけそうになったので辞めた。
病院に行くお金が捻出できなくなったので次の仕事を探そうとするが医者に止められた。
「まずはゆっくりしてください。ココロを休めてください。」
どうやって?仕事探さなきゃ病院にも来れないのに。生活費出さなくちゃなのに。
借金が増えていった。
旦那に話してみたが「オレのせいなのか?」と言われた。
そうじゃないんだけど・・・。あ~この人も助けてくれないんだって思った。
どうやって死のうか毎日考えるようになった。
ずっと眠っていたかった。夢も見ずひたすら眠りたかった。
人に振り回されて気が付けば自分には何も残っていなかった。
父が首吊りで死に損なってるのを思い出す。
父は助けてほしくなかったんだろうか。心臓マッサージしようしたとき迷った。
この人は死にたがってたんだ、マッサージをしなければ、そのうち心臓は止まってしまう。
硬直した体と異常な音を立てて呼吸をしている父を見ながら思った。
父を助けた後の父の今後を考えていた。
母は泣きながら私に「助けてやって」と言った。
目を覚ました父に当時の記憶は残っていなかった。その光景が頭を巡っていく。
家の中で死のうと思ったらどうするか考えてしまう。
首吊る場所を家の中で探すけど風呂場の手すりかドアノブかトイレのタオルかけるとこしかない。
思ったよりないもんだ。hideはドアノブにタオル掛けたんだっけ。

そもそもどうやったら死ぬんだ?
心臓を止めれば死ねるんだよね。
健康体な人間の心臓を自分で止めるのって難しい。
脳を壊せばいい。カート・コバーンのように拳銃で打ち抜けば一瞬だろう。
昔、酔っ払った勢いで完全自殺マニュアルに載っている市販薬を致死量分飲んだことがある。
数日家の中でのたうち回ったが、生きていた。
3年前友人がもらい事故で死んだ時の棺の中の顔を思い出した。
ガタイの大きい人だったのに胸をつぶされていたらしく、とても小さかった。
病気で体の機能をじわじわと蝕まれていく人のHPを読んでしまった。
約2年間じわじわとやってくる死に前向きに戦っていた。

いい人は先に死んでしまう。

私はいい人ではないんだな。だから死ねないんだ。
父もいい人ではないんだな。だから生き返っちゃったんだ。

最近のは安全なクスリが多いらしく、
沢山飲んでもいつもよりずっと寝てるだけで結局目が覚めちゃう。(実証済み)
毎日睡眠薬の量を全部飲んでしまおうかどうしようか
自分の中で戦いながら結局適量飲んでいる。全部飲んでも死なないから。

今日もクスリの量と家の中の手すりに紐を掛けようかどうしようか戦いながら。
きっと神様が「まだ死ねないんだよ」って罰を下してるんだと思う。
生きるって神様の罰だと思う。生きていくって修行らしいじゃん。
神様が「もう、修行しなくていいんだよ、お疲れ様」って言ったら死ねるって誰か言ってた。
もっとも私は死んだら地獄行きだから、今の世が多少苦しくてもマシなのかもしれないけど。
あぁ、地獄行きだから生きてるのかぁ。だからいつも死に損なっちゃうんだ。
神様「もういいよ」って言ってくれないかなぁ。もう頑張るの疲れちゃったなぁ。
# by firebird-steer | 2005-05-19 20:40 | 体調のこと
あと半年、いや一年延期してくれてたらよかったのに・・・
今日は2回目の結婚記念日だったりする。
私にとってはこの日が来ると、あの頃がとても辛かったことを思い出す。

旦那は大好きだし、一緒にいたいと思ったが、『結婚』ということにすごく抵抗があった。
家族と家族のつながりが重要になってくるのもイヤだった。
35歳になっていた私は結婚式をやりたくなかった。
今更ドレスなんか着たくなかったし、まるで見世物のようなわけのわからない儀式に意味はないと思っていたし、そういったものにお金を払いたいとも思っていなかった。

元々結婚式を行うことも実父は反対していた。
・無駄な費用がかかること(その費用を生活にまわした方がいいということだった)
・親戚が遠方なため20人も呼べないこと(両親が高齢だと親戚も高齢なため)
義父母は自分達の親戚を60人は呼ぶからと自慢げに話し、親戚が少ない私達を軽蔑しているようだった。
両親は高齢だし、今更お金の面倒はかけたくなかったので、私が支払える範囲を考えて私側の客は基本的に両親しか呼ばないことにして話を勧めてもらった。それが義父母の気に障ることだったのかもしれない。

結納後に仕事先のトラブルを苦に実父が自殺未遂をし入院を余儀なくされ、残された母のフォローをし、仕事も激務だったためその中で結婚の準備をしていくのはとても辛かった。
義父母にはさすがに自殺未遂したことは言えず
「病気で入院したので結婚式を延期してほしい」と伝えても舌打ちをされ
「何を今更・・・そんなことできるわけないじゃないか!入院するほうが悪い!
だから年寄りは困る!(長崎弁)」
と言われ延期もしてもらえなかった。なんて思いやりのない非常識な人たちなんだろう・・・
こんな人たちをこれから『家族』として接することはできないと思った。
旦那に言って義父母の盾になってもらおうと全て話したが本来両親には逆らえない性格のため、一人で義父母とやりあっていかなくてはいけなかった。
(このときに結婚することを無理してでも取りやめていれば・・・と今になって後悔している)

仕事の合間を縫ってドレスを決め、母が着物一式を持っていたのでそれを持ち込むことで式場側とトラブったりもした。正絹の着付けができる美容師が特殊だと式場側は言うのである。
当然料金も違う。仕方が無いので頼むが、週1日は首と顔の毛を剃りに来いと言う。その度にお金を取られる。眉毛を剃るなだの、髪を染めるなだのいちいちうるさい。
仕事が忙しいのだから行けないことを伝えると家で済ませられることだらけだった。
なんてめんどくさい!
若いお嬢ちゃんじゃないのだから、別に今更キレイにしなくてもよかった。
興味もないことにお金をかけることも時間を割くこともイヤだった。
それよりも父の件で警察に行ったり弁護士に会ったり、父の主治医や母の主治医に話をしていくことの方が重要だった。

義母から義弟の結婚式の時に赤字が出ただのお嫁さん側のしきたりがうっとうしいだのをいうことをさんざん聞かされていた。(あんたのとこもかわらんだろうが!)
義父は義弟の結婚式に大赤字を出したので一円でも安くあげたいとのことで一番安い式場を選ぶことになった。
頭に来たから、付いてるオプションを全部はずしてもらった。
料理も私のだけ子供用の安いものにしてもらった。
全てにおいて値下げの交渉をした。一番高かったのは『花』だったような気がする(苦笑)

私の友人達で結婚式を挙げたのは3人。簡単なパーティは4人、役所に提出で事後報告が1人。既に離婚したのは3人いる。
この年齢になると未婚独身とバツ一独身と既婚者といて、既婚者は子供が小さくて手が離せなかったり、思春期に入っていてそれどころではなかったりしている。
未婚独身とバツ一独身は微妙なとこで、「結婚なんて冗談じゃないわ」と言ってバリバリ仕事してるので今更「昔ながらの結婚式をやりますので来て下さい」とは言いづらい。
そういったワケで彼女達には二次会に来てもらうことにして結婚式には呼ばなかった。
市内にいる親戚も呼ぼうか迷ったが父のこともあり、親戚達も高齢なため呼ばなかった。
結局私側は母と私も小さい時から知っている母の友人達8人をお願いして来て頂くことにした。

私が式場側からもらった見積書は216万だった。仮に1割請求されても約20万。
「借金すればなんとかなる!」と思っていた。

結婚式の前日まで仕事をし、当日朝から式場へ向かった。
母と一緒に着替えをして、私も衣装の準備をしてもらっていた。
義母達が着替えに来たので母は一人出ていった。
私の準備が終わり控え室へ行くと広い部屋の中、母が淋しそうにうな垂れて一人ぽつんと座っていた。
今もこの光景が目に焼きついている。涙が止まらなかった。

父の様子がおかしいことに気づき、様子を見に行ったら父が首をつっていて、
慌てて父を降ろし胸を叩いて人工呼吸をしたらしい。
発見が早かったのと人工呼吸で幸い息を吹き返し、私が駆けつけて救急車が来るまで心臓マッサージをした。
父は5日間意識を戻さなかったが、目を覚ましても精神的に参っていた。
その現場を見た母もすごいショックを受けていた。
私も父の定まらない瞳孔と細動している心臓と首の傷跡、硬直している体、あの姿が忘れられない。何度も何度もその夢を見ては起きていた。

何故結婚式を挙げなくてはいけないのか、父に花嫁姿を見せてあげられないことが悔しくてたまらなかった。

そんな思いはよそに式は順調に進んでいたが、こんな祝いの席に文句を言ってくる非常識な人間がいることを知った。
義母方の親族である、2人も。わざわざ高砂まで上がってきて
「あなたのような人は迎え入れたくない」
「いくら親戚が少ないからって親戚も呼ばず披露宴なんかして非常識な」
「嫁に来る以上覚悟して来い」だの言っていた。
初対面である。私には”あんた誰?”状態である。
義母が何か言ったのだ。じゃなければ親戚が少ないことなど知らないはず。
一応黙って聞いていたが心の中で「こいつら絶対許さない」と誓った。

約2時間半の結婚式は終了し、二次会へ突入した。
旦那と共通の友人も多いのでお世話になってるライブバーを貸しきって3時まで盛り上がった。

翌日、義父から電話があった。一応ご挨拶などしていると
「あんたは都会で育ってるから田舎のしきたりなんかは知らないだろうが、これからはこっちのしきたりに一切従ってもらわないと困るのでそういうつもりで(長崎弁)」
と言って一方的に電話を切られた。一瞬意味がわからなかった。
旦那に聞いてみたが「相手にすることはない、聞き流せ」という。

その数日後、義父から電話があり費用の請求をしてきた。
30万だと言う。見積には350万だとあるが私のところは10人も呼んでないので1割と言いたいところだが負けてやると横柄な態度で言われた。
私の所に来ている見積は216万の事をいうと、
「負けてやるんだから、黙って払え!(長崎弁)」
という。話にならないので電話を切って式場へ確認したが、担当は250万だと言う。
義父に文句も言いたかったが、義妹が結婚式後お金でもめていたことを思い出した。
仕方がないのでお金をなんとか工面して30万払った。
なんて意地汚いことだろう。
数ヵ月後旦那の所へ私にナイショということで義父母から50万もらったのだという。
もちろん、10万返してもらった!(残りはまだ借金返済中だが)

実父母は私の結婚式の後、借りてた家を”夜中に救急車を呼んだから”という理不尽な理由で6ヵ月後に出るように大家に言われていた。
私は仕事の合間と家事を縫って、大家との間に入ってくれていた不動産屋との交渉事や両親の新しい家を探したりで、3ヶ月を過ぎた頃だった。
義母は私が仕事をしてることも気に入らないようで、
「すぐ子供ができないのなら、何の為に結婚させてやったんだかわからない!(長崎弁)」
と言われた。
必ず旦那がいないときを狙って電話をかけてきていた。
旦那の給料だけでは生活できないことや、すぐには仕事を辞められないことを言うと
「口答えしやがって(長崎弁)」
と言って電話を切った。

どーやら私は彼らには何をやっても気に入らないらしい。
義父母と両親を最初に会わせた時に
「気に入らなければ話は無かったことにして頂いて結構ですから」
と話した筈。
考えても考えても腹が立って仕方が無かった。涙が止まらず眠れない日々が続いた。
とにかく許せなくて仕方がなかったので、入籍を遅らせた。
こんな人たちを親とも身内とも思いたくないし、彼らが気に入らないのなら
一生悪役になってやろうと思った。

去年の今ごろ、私はウツ病になって仕事を辞めてしまった。
医者はPTSDと荷おろしウツ病だと言う。
非常識な義父母や非協力的な旦那に医者は絶句していた、そして
「あと半年、いや一年延期してくれてたらよかったのに・・・」
と言った。

毎年5/18が来ると、このことを思い出すのだろう。
# by firebird-steer | 2005-05-18 21:19 | 結婚と親のこと
メタルゴッド降臨!
昨日はZEPPへ楽しみにしていたジューダスプリーストを見に行きました。

生で聴いたペインキラーは、さいこ~~~~でした。

体調は絶不調でしたが、体力を使い果たしてしまいました(苦笑)

生きているうちにあと何回見れるかなぁ~。


旦那が別のライブを見に行ってたので、待ち合わせをして、
知り合いの店の10周年記念イベントに顔を出し、久しぶりに会う仲間と
ひとしきり盛り上がってました。

いつもは飲める酒も、いつもは吸える煙草も体調不良のため、1滴も1本もやってない
自分にちょっと悲しさと感動を覚えました。

あ~年やなぁ~。

旦那はビール、焼酎、ビール、でかなり酔ってましたが、
帰りのタクシーの中で私が喘息発作を起こし酔いが覚めたようでした(笑)

はじめてあんな息苦しい思いしました。目の前真っ暗になるし。


く~~~!煙草吸いてぇ~。
わかってます、吸うとプチ発作がでるので、吸えません。
でも、吸いたくてたまらなくて、ふかしてみたりしてます。
いずれ止めなくちゃいけないこともわかってます。


まだ、咳が止まりません。せっかく治まってきてて、薬を減らそうかと言われてた矢先
だっただけにまた発作起こしちゃったんでちょっと凹んでます。

咳のし過ぎで、背中や胸が凝って寝返りも辛くなる日々が…死ぬまでのお付き合いなので
仕方ないですね。精神的に参らないようにコントロールしていこうと思います。
# by firebird-steer | 2005-05-15 15:18 | 体調のこと
鼻水です。(ヒロシ風)
あれから全然止まりません。

水のように出るとです。

鼻水です。

今日、A耳鼻科に行きました。

アレルギー性鼻炎と言われました。

知ってます!初診時のアンケートにも書いとるとです!

鼻水です。

水なしで飲めるアレルギー薬(新薬?)もらいました。

飲んだら速攻で寝てしまいました!

薬局の人は副作用についてなんも言わんかったとです。

これじゃあ、明日のジューダスのライブ、寝てしまいます!(爆)

鼻水です。

病院変えるべきか悩んどるとです。。。。

誰か記念病院への紹介状書いて下さい。

鼻水です、鼻水です、鼻水です、、、(フェードアウト)

ヒロシさんパクってごめんなさい。
# by firebird-steer | 2005-05-13 18:42 | 体調のこと
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